「最年少で討ち入りに参加した内蔵助の息子」大石主税

名前 : 大石主税良金(おおいし ちから よしかね)
コピー: 最年少で討ち入りに参加した内蔵助の息子
属性 : 赤穂四十七士

 

大石主税    大石主税

 


■ キャラクター

討ち入りの大将である大石内蔵助の息子で、義士では最年少(享年16歳)であった。内蔵助は小柄だが、主税は五尺七寸(171cm)と、当時では大柄な体格だった。また、体格に見合った強い精神の持ち主でもあり、立派に仇討ちをなしとげた。

■ 刃傷事件まで 浅野内匠頭にも可愛がられた幼少時代

内蔵助の嫡男として誕生し、幼名は松之丞。大柄な母に似たのか、主税は立派な体格で、内蔵助はたいそう喜んだという。また、利発な子どもで、子のなかった浅野内匠頭からも可愛がられていた。


 

■ 刃傷事件後 元服し、討ち入りに参加

刃傷事件時、主税は15歳で元服(げんぷく ※1)前であった。そのため、内蔵助も最初は主税を討ち入りに参加させるつもりはなかった。しかし、主税の討ち入り参加の意思を認めて元服させ、仲間に加えることとした。
その後、主税は内蔵助を支えて討ち入りの準備を進めた。丸山会議を経て内蔵助がいよいよ討ち入りの意志を固めた時にも、江戸急進派を納得させる目的もあり内蔵助より先に江戸に入っている。

※1 男子が成人になったことを示す儀式。一般的には、11~16歳の間に行われた。また、これを機に幼名を廃して実名を名のった。


 

■ 討ち入り当日 裏門組の大将

吉良邸への討ち入りでは、裏門組の大将を務めた。吉良上野介の捜索では、発見した抜け穴に率先して飛び込むなど活躍した。討ち入り後は、松平家にお預けとなり切腹となった。切腹の時にも、16歳とは思えぬ落ち着いた様子で周りの人を感心させたという。


 

■ 辞世の句

あふ時はかたりつくすとおもへども別れとなればのこる言の葉
享年16歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

主税さんは、四十七士中で一番最年少でした。切腹のあと泉岳寺に埋葬されて、お墓には若い女性が毎日のように、たくさんお墓参りに訪れていたそうです。主税さんのお墓参りをすると、良縁に恵まれるってことだったそうです。