「討ち入り前の集合に遅刻した最年長」堀部弥兵衛

名前  : 堀部弥兵衛金丸(ほりべ やへえ あきざね)
コピー : 討ち入り前の集合に遅刻した最年長
属性  : 赤穂四十七士

 

堀部弥兵衛    堀部弥兵衛

  


■ キャラクター

四十七士のなかで最年長であり、堀部安兵衛(ほりべ やすべえ)の父(安兵衛は養子)でもある。


 

■ 刃傷事件まで

「高田馬場の決闘」で江戸っ子の人気者だった中山安兵衛(のちの堀部安兵衛)の評判を聞きつけ、堀部家の後継者としてスカウトする。一度は断られるが、弥兵衛が半ば「押しかけ姑(しゅうと)」のような状態になるほど熱烈に再オファーして口説き落とし、安兵衛は養子となった。安兵衛が堀部家を継ぐとすぐ、弥兵衛は隠居した。


 

■ 刃傷事件後

息子の安兵衛とともに江戸急進派として活動し、そのなかでもとくに急いで仇討ちをしたがっていた。平均寿命が今よりずっと短かった江戸時代、討ち入りの時すでに76歳だった弥兵衛は、仇討ちまで自分が生きていられるかどうか心配だったので、ことを急いでいたようだ。


 

■ 討ち入り当日 

四十七士たちがそれぞれの集合場所に向かう前に、47名全員を自宅に招待し、別れの宴を行った。そこで来客全員のお酒の相手をしていたため、酔いつぶれてしまい、討ち入り前の集合に遅刻してしまう。しかし、討ち入りでは表門組に属して、武器は手やりを持ち、若者に劣らぬ戦いをした。


 

■ 辞世の句

雪はれて 思ひを遂る あしたかな
享年77歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

弥兵衛さんは、元江戸留守居役と言って、浅野さんが赤穂へ帰っている時も、江戸にいたので、赤穂のことはほとんど知らないと思います。自分の娘の婿にするために、安兵衛さんのところへさんざん通うわけですが、最後には安兵衛さんのところに一緒に住んでしまおうというくらいだったそうですね。切腹の時には、朝からニコニコしてたそうですよ。