花岳寺

名称  :花岳寺(かがくじ)
場所  :兵庫県赤穂市加里屋1992番地
花岳寺

1645年(正保2年)、浅野内匠頭長矩の祖父・長直が赤穂藩主に就いた際、浅野家の菩提寺(ぼだいじ ※1)として建立された。本山を福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とする曹洞宗のお寺で、後に、永井家、森家の菩提寺にもなった。

※1  お家代々の葬儀を行い、位牌を納めるお寺

 

● 山門

花岳寺の現在の山門は、明治維新後に赤穂城が解体される際、赤穂城の塩屋惣門を移築したもので、赤穂市文化財に指定されている。

 

● 二代目大石名残の松

境内には「二代目大石名残の松」がある。
1691年(元禄4年)大石内蔵助の母親が亡くなった際、内蔵助が母親の冥福を祈り、この地に松を植えた。
刃傷事件後、内蔵助は赤穂を去る前に先祖のお墓にお参りをし、松の木に別れを告げ名残を惜しんだとされていることから「名残の松」と称されている。
内蔵助が植えた初代の松は1927年(昭和2年)に枯れてしまった。
今でも境内に、初代の松の幹が残されている。

名残の松

 

 

● 義士墓所

赤穂義士の37回忌である1739年(元文4年)、当時の赤穂藩主であった森家の家臣小林貞真を中心とする有志によって建てられた。お墓には義士の遺髪が埋められていると言われている。
墓石に刻まれた義士の法名の頭文字には「刃」の文字が含まれているが、これは切腹にて最期を迎えたという意味がある。それゆえ、大石内蔵助の命により討ち入りの様子を知らせるための生き証人として生かされたとされる寺坂吉右衛門の墓石には「刃」の文字がないとされているが、実際は曹洞宗の法名の付け方にならったものである。

義士墓所

 

 

● 義士宝物館

浅野家や義士の関するさまざまなものが収められている。
例えば、大石内蔵助が吉良上野介のとどめをさした短刀。この短刀は、内蔵助が浅野内匠頭から褒美(ほうび)としてもらったもので、吉良の首と共に浅野内匠頭の墓前に供えられた。