「“徳利の別れ”で有名だが実はお酒は飲めない無口な義士」赤埴源蔵

名前 :赤埴源蔵重賢(あかばね げんぞう しげかた)
コピー:「徳利の別れ」で有名だが実はお酒は飲めない無口な義士
属性 :赤穂四十七士

 

赤埴源蔵   赤埴源蔵

 


■ キャラクター

「徳利(とっくり)の別れ」という講談では大酒飲みとなっているが、実はお酒はあまり飲めなかった。口数(くちかず)が少なく書き物などもあまりしなかった。


 

■ 討ち入りまで

源蔵は、江戸の浅野家の屋敷で働いていたので、刃傷事件がおきたときも、江戸の屋敷にいた。赤穂藩取りつぶしにともなった浅野家の江戸の屋敷を引き渡すときに立ち会い、きちんと引き渡しが終わったのを見届けたあとは、矢田五郎右衛門と同居しながら、討ち入りの時期をまった。
討ち入りの3日前には、最後のあいさつをするため妹の嫁ぎ先(とつぎさき)に行った。妹の義理の父から仇討ちをする気配がないことに対して不満やイヤミをタラタラ言われたが、討ち入りが決定していることは言わず、ただ「遠くに行くのであいさつに来た」と伝えた。そのときに、妹の義理の父からお酒をすすめられた源蔵は「今晩だけなら」と、あまりお酒が飲めないのに2.3杯お酒を飲んだらしい。


 

■ 討ち入り当日 

討ち入りには裏門組として参加。杉野十平次らと吉良上野介の屋敷内に攻め込んだ。


 

■ 討ち入り後

討ち入りが成功し、いったん屋外に出たものの、再び吉良の屋敷のなかに入って火鉢に水をかけるなどして、吉良の屋敷が火事にならないようにした。


 

■ 辞世の句

不詳
享年35歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

源蔵さんは、とにかく徳利の別れが有名です。よく「赤垣源蔵徳利の別れ」と表記されてる場合がありますが、埴の字のくずじ文字が垣の字に見えたからで、本当は赤埴です。討ち入り前に、兄の塩山伊左衛門さんのところへ挨拶にいったら、お兄さんが留守で、お兄さんの羽織を借りて、羽織を相手に酒を飲むのが「徳利の別れ」の名場面ですね。