「志なかばで倒れた父の意志を受けついだ美青年」矢頭右衛門七

名前 :矢頭右衛門七教兼(やこうべ えもしち のりかね)
コピー:志なかばで倒れた父の意志を受けついだ美青年
属性 :赤穂四十七士

 

矢頭右衛門七   矢頭右衛門七

 


■ キャラクター

志半ばで亡くなった父の意志を受け継ぎ、吉良上野介への仇討ちを心に決めた家族思いの青年。泉岳寺のお坊さんに女の人と間違えられるほどの美青年であった。


 

■ 刃傷事件まで
 
浅野家の家臣 矢頭長助の長男として生まれた。


 

■ 刃傷事件時

刃傷事件がおきたとき右衛門七はまだ16歳で、父も元気だったため家を継いでもいなかった。


 

■ 刃傷事件後 

父の長助は赤穂城の明け渡しのときに大石内蔵助を助け会計係をするなどしており、内蔵助からとても信頼されていて、討ち入りの仲間にも初めから加わっていた。
しかし、病気にかかってしまい外出できないような状態であったため、大事な円山会議や山科会議には、息子である右衛門七が代わりに参加することになった。
さらに病気が悪化した長助は、右衛門七に「自分が死んでも念仏も読経もいらない。ただ、討ち入りの仲間に加わって必ず吉良上野介を討ちとってほしい」と伝え、その後亡くなった。
そんな父の言葉を胸に、右衛門七は内蔵助に討ち入りに参加させてほしいとお願いしたが、「若すぎる」という理由で断られた。それでもあきらめられない右衛門七は、「会議などで何度もみんなと顔を合わせてきた。このまま参加しないとなれば、腰抜けとなってしまう。ならば・・!!」と切腹しようとした。それを見た内蔵助は右衛門七が討ち入りに参加することを認めた。


 

■ 討ち入り当日 

討ち入りには、裏門組として参加。父の戒名をかぶっていた兜(かぶと)の奥に入れ、亡くなる前に父がくれた腹巻をして討ち入った。


 

■ 辞世の句

出る日の ひかりも消て 夕ぐれに いはなんことは かなしかりける
享年18歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

右衛門七さんは、泉岳寺のお坊さんが、女の人と間違えるほど美少年だったそうです。主税さんに継ぐ若さであって、映画やドラマでは、前髪の美少年として演じられています。主税さんと右衛門七さんは、大河ドラマ元禄繚乱では、タッキー&翼でした。