「内蔵助もその忠義の心を認めた義士」三村次郎左衛門

名前 :三村次郎左衛門包常(みむら じろうざえもん かねつね)
コピー:内蔵助もその忠義の心を認めた義士
属性 :赤穂四十七士

 

三村次郎左衛門   三村次郎左衛門

 


■ キャラクター

赤穂藩の武士としては、浅野家家臣の吉田忠左衛門専属の足軽であった寺坂吉右衛門の次に身分が低かった次郎左衛門は、何かにつけて同志からいじわるをされていた。
それでも次郎左衛門は、主君である浅野内匠頭への恩を忘れることなく、忠義をつらぬく忠義一徹(ちゅうぎいってつ ※1)の男だった。

※1 どんなことがあっても揺るぐことなく、真心こめて主君に仕えること


 

刃傷事件まで 

台所役という、武士としては低い身分で給料もすごく少なかったが、先祖は戦国武将という由緒正しい血筋だった。
しかし、身分が低いということで同志たちからいじわるをさせることが多かった。たとえば、話をしている人の近くを次郎左衛門が通ると話を止めたり、無視したりといったいじわるをされていた。


 

■ 刃傷事件後 

次郎左衛門は、幕府の決定に不満があるためお城に立てこもる(籠城)か、幕府の決定に従って穏便に赤穂城を明け渡すかという今後の方向性を決める話し合い(大評定)に、身分が低いからという理由で参加させてもらえず、台所の用事をすることしかできなかった。
このことが次郎左衛門にとって心外(しんがい ※2)で不満だったことから、お城の明け渡しが決まった後、大石内蔵助に対して「赤穂藩がなくなった今、身分の高い低いは過去のことで、みんな浪人である。主君を思う気持ちには身分が高い低いもない。みんな志(こころざし)は同じである。」という気持ちをぶつけた。内蔵助はその誠実さと忠義心に感心し、討ち入りへの参加を認めた。

※2 思いがけない仕打ちや予想に反した悪い結果などに対して、腹立たしく感じたり残念に思ったりすること。


 

■ 討ち入り当日 

討ち入りには裏門組として参加。大槌(おおつち ※3)をつかって吉良の屋敷の裏門をぶち破った。

※3 大きな木槌(きづち)


 

■ 討ち入り後

吉良の屋敷への討ち入りを成功させ、内匠頭のお墓がある泉岳寺へみんなで向かったとき、次郎左衛門は内蔵助に呼ばれ、討ち入りの活躍をほめられた。そのことを赤穂にいるお母さんに手紙で伝えている。


 

■ 辞世の句

雪霜の 数に入りけり 君がため
享年37歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

次郎さんは、酒奉行と言って、つまりは台所の係だったわけです。裏門を打ち破り、続いて新門も打ち破っているわけですが、当時の一番乗りは、それだけで重要な仕事をしたということでした。三船敏郎さんの大忠臣蔵の中では、次郎さんは内蔵助さんとずっと一緒にいて、料理するのは任せておけってキャラクターで、結構目立ってます。