「もうひとりの「赤城盟伝」の作者」前原伊助

名前 :前原伊助宗房(まえばら いすけ むねふさ)
コピー:もうひとりの「赤城盟伝」の作者
属性 :赤穂四十七士

 

前原伊助   前原伊助

 


■ キャラクター

人一倍正義感が強かった。商売上手で、浪人になってからは古着屋や米屋をしていた。神崎与五郎と一緒に書いた「赤城盟伝」という本には、浅野内匠頭刃傷事件から討ち入りに向かう様子、裏切った同士のことなどが詳細に書かれてある。


 

■ 討ち入りまで

普段は江戸の屋敷につとめていたので、刃傷事件のときにも江戸にいた。しかし、伊助は赤穂でおこなわれる大事な会議にも参加せず、みんなが騒いでいても関心を持たず、ひとり早くから商人に扮(ふん)して江戸で情報収集をおこなっていた。
その後、吉良上野介の屋敷の近くに米屋を開き、神崎与五郎も住まわせ商売をおこなった。ふたりとも商売上手だったということもあって商売はうまくいき、もうけたお金はは討ち入り準備やほかの同志の生活費などにあてられた。
また、この米屋は、与五郎だけでなく、武林唯七不破数右衛門などの江戸急進派も同居するようになり、仇討ちまでの情報収集や討ち入り準備の重要な拠点のひとつとなった。


 

■ 討ち入り当日

伊助の米屋が吉良の屋敷の近所だったので、討ち入りのときの義士らの集合場所の1つに選ばれている。堀部安兵衛の家と、杉野十平次の家、そして伊助の米屋の3ヶ所に集合し、最終的に義士全員米屋の前に集まってから、吉良の屋敷に向かった。
伊助は、裏門組として討ち入りに参加。吉良の屋敷内部にも詳しく、同志たちを案内して屋敷内を走り回っていた。


 

■ 辞世の句

春来ぬとさしもしらじな年月のふりゆくものは人の白髪
享年40歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

伊助さんの米屋は、吉良邸探索の重要拠点でした。店は繁盛したということですが、最初からずっと商売する気がないので、安売りの米屋として人気だったようです。映画やドラマでは、吉良邸に納品に行って、邸内を探っていたところを吉良家の侍に見つかって拷問を受けますが、本当のことを言わずに、傷まみれで自分の店に帰るってパターンが多いですね。