「文筆の才能にすぐれ大石内蔵助の代筆もしていた義士 」中村勘助

名前 :中村勘助正辰(なかむら かんすけ まさとき)
コピー:文筆の才能にすぐれ大石内蔵助の代筆もしていた義士
属性 :赤穂四十七士

 

中村勘助  中村勘助

 


■ キャラクター

勘助は奥州(現在の東北地方)の出身であったため、赤穂には家族以外の肉親(にくしん ※1)がいなかった。そのため、吉良上野介の屋敷に討ち入るまでに、肉親のいる奥州へ自分の家族を連れ帰るなどして、最後の最後まで気にかけていた。また、勘助は文章を書く才能にすぐれていたので、よく大石内蔵助の代筆をしていた。

※1 親子・兄弟など、自分と非常に近い血縁関係にある人


 

■ 討ち入りまで

刃傷事件のとき、勘助は赤穂にいた。お家再興派だった勘助は、あるとき内蔵助の指示で、事件直後から仇討ちを主張していた堀部安兵衛江戸急進派をなだめるため江戸に向かった。しかし、彼らと話しあえば話しあうほど気持ちがわかるようになり、結局意見を変えて江戸急進派の一員になってしまった。


 

■ 討ち入り当日

表門組として討ち入りに参加した。槍(やり)を持って戦った。


 

■ 辞世の句

・梅が香や 日足を伝ふ 大書院
享年42歳(元禄16年2月4日、切腹)


 

■ 博士のコメント

勘助さんは、祐筆といって、殿様の代筆係でした。赤穂の上仮屋に勘助さんの家があったのですが、そのまわりの上仮屋の中村さんの家のまわりは、今でも中村組っていいますよ。赤穂市内の勘助さんゆかりのお寺は、赤穂市折方の浄専寺さんです。