「大活躍した多才な人」 大高源五

名前   : 大高源五忠雄 (おおたか げんご ただたけ)
コピー  : 大活躍した多才な人
属性   : 赤穂四十七士

大高源五    02_大高源五

 

 


 ■キャラクター

12月14日に吉良上野介(きらこうずけのすけ)の屋敷でお茶会がある、という情報を入手した人。首が太くて短く、顔にはあばたがあったらしい。俳句の世界で「子葉」という名前で活躍し、本を2冊出版するなどの事績を残した。また、茶道にも見識が深かった。

 


■刃傷事件まで

平安時代から続く名門である大高家に生まれる。おなじ赤穂義士である小野寺十内岡野金右衛門とは親戚。

 


■刃傷事件後

リーダー大石内蔵助からの信頼が非常に厚かったので、江戸急進派をなだめる役になったり、神文を返す(神文返し)役を与えられたり、とても重要なときに内蔵助の使者として大活躍した。
また、江戸では脇屋新兵衛(わきや しんべえ)を名乗り、町人のふりをして吉良にお茶を教えている茶人である山田宗偏(やまだ そうへん)に入門。そこから、討ち入りの日を決めるための決定的な情報をいくつも得た。
さらに、宝井其角(たからい きかく)という江戸でブイブイいわせていた俳人と討ち入りの前夜に交わしたときのことをテーマにした歌舞伎『松浦の太鼓』が、明治になってからつくられた。

 


■討ち入り当日 

表門組として参加。吉良上野介の屋敷へ一番乗りした。薙刀(なぎなた)のような長太刀で戦った。

 


■辞世の句

梅で香む茶屋もあるべし死出の山
享年32(元禄16年2月4日、切腹)

 


■博士のコメント

源五さんは、四十七士の中で一番大きかったらしいですよ。俳句はするし、茶道もするし、文化人ですが、でっかい刀を持って討入りするんですよねー。
四十七士の一人、小野寺幸右衛門さんとは、兄弟ですよ。
昭和39年の大河ドラマ「赤穂浪士」の中でのげんごさんの討入り装束はノースリーブに鎖帷子(くさりかたびら)という姿で、めちゃくちゃカッコいいのです!